事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

2020-01-01から1年間の記事一覧

帝國銀行、人事部65

銀行員は『人事が全て』と言われることもある。つらく、つまらない仕事が多いが耐え偲べば役職で報われるのだ。そして、偉くならなければ自分の意見は通せない。突然の転居を伴う異動を命ぜられることもしばしばだ。転勤一つでも家族には大きな影響かあるの…

帝國銀行、人事部64

田嶋は副部長の伊東から個室の会議室に呼ばれていた。 時刻は20時30分。そろそろ帰りたい時間だったが、急に呼ばれたのだった。今日は自宅でご飯を食べると伝えたので、妻が何かしらの準備をしてくれているはずだ。もし、食べられなくなってしまったら申し訳…

帝國銀行、人事部63

「他に質問はあるか。何でも良いぞ。伊東君が珍しく興奮しているようだが、それだけの問題なんだ」山中がハリのある太い声で話しながら、周囲を見渡す。田嶋と目が合った。何か聞け、と山中が促しているようだった。田嶋と山中は比較的仲が良い。旧行は異な…

帝國銀行、人事部62

田嶋の視界の隅で手が上がった。あれは、四国担当の橋本だ。 「すみません。質問宜しいでしょうか」 「どうぞ」伊東が短く答える。 「廃店される店舗の総合職は異動させてしまえば良いので問題はないのですが、総合職が少なくほとんど一般職だけで運営してい…

帝國銀行、人事部61

『入社して配属されないと、どのような仕事が出来るか分からないこと』『自分の意思に関係なく違う職種に異動させられたり、転居を伴う異動をさせられること』は時代遅れと言われてきた。学生は就職時にこの観点で企業を選ぶことも多いだろう。このような働…

帝國銀行、人事部67

伊東は相変わらず田嶋をモノのように見ている。伊東の目は眼鏡の奥でビー玉のように光る。何の焦点も結ばず、感情も伺えなかった。まるで人形のようだ。 「当行に旧Yを食わせていく余裕は無い。これは業務命令です。旧Yの神奈川県内の店舗と事務担当の人員を…

帝國銀行、人事部66

「何度も言いません。旧Yすなわち我々の出身行の行員をリストラして欲しいのです。神奈川の店舗を田嶋さんが担当するのは、旧Yの店舗のみならず旧Yの行員のリストラをうまく着地させることを期待しているからです。田嶋さんは誰から見ても良い人です。君の仕…

帝國銀行、人事部60

一般職を無くした他の銀行も結局は何らかの形で一般職を復活させている。理由は、大量の事務だ。例えば、転居を伴う異動がある総合職と転居を伴わない総合職の2職種に人事制度を整理したとしても、実質的には転居を伴わない総合職がいわゆる一般職的な業務を…

帝國銀行、人事部59

総合職という職種が生まれた背景は、一言で言えば高度成長時代という時代にある。企業が規模も事業も急激に拡大させていく時代であり、新しい営業店、事業所、部署が次々と生まれていった。その企業の拡大に合わせて柔軟に従業員を移し、配置する必要があっ…

帝國銀行、人事部58

田嶋のみならず、他の人事部メンバーも息をのんでいた。とうとうここまで来たのだ。田嶋の世代は銀行が倒産する時代を知っている。不良債権処理で厳しい環境を過ごしてきた。しかし、若い世代は銀行が潰れるとは思っていないだろう。何と言っても就職人気ラ…

帝國銀行、人事部57

ここまで一気に山中は説明した。原稿は見ていない。本気だ。会議室の雰囲気が急激に変わる。山中の声以外に一切音がしない。山中の発言が止まった瞬間に耳が痛くなるほどの沈黙が会議室を包んだ。 「分かるか。私は本気だ。そして頭取含め役員は本気になった…

帝國銀行、人事部56

田嶋がそのように考えていると、すぐに山中部長が話を始めた。 「お疲れさんです」山中は人事部長ではあるが、いわゆる官僚的な人物ではない。国内の法人営業畑で、幅広い人脈とシンパを持つ。身体は大きく、首は無い。いわゆるアメフト体型だ。自身は大学4…

帝國銀行、人事部55

10月上旬、下期の戦略会議が帝國銀行人事部の管理職を集めて行われた。単独の部であるにもかかわらず、合計すると100名は下らない。 9時から開始だった。10年前の人事部ならば8時や19時スタートというのもあり得た。しかし、今は人事部が率先して働き方改革…

帝國銀行、人事部54

山内が泣いたような目で田嶋を見つめる。 「田嶋君の手を私が握った写真を撮ったのは岩井支店長なの」 ふいに田嶋は現実の世界に引き戻されたような衝撃を受けた。 「え?」 「そう。私は裏切り者なの」 「山内さんは何を言っているの」 「聞いて。岩井支店…

帝國銀行、人事部53

翌日、岩井の人事異動が発表された。銀行の人事異動では理由は明かされない。その後、しばらくしてから岩井はパワハラで飛ばされたとの噂が流れた。それだけだ。尚、中野坂上支店から仙台支店に異動した稲垣は、しばらくしてから真島と結婚した。真島はその…

帝國銀行、人事部52

出勤すると伊東がすぐに会議室に来るように指示を出してきた。机からノートだけを取り出して、伊東の後を追う。いつもの殺風景な会議室に山中がいた。伊東が自然な形で山中の横に座る。田嶋は山中の目の前にテーブルを挟んで座った。今日の山中のネクタイは…

帝國銀行、人事部51

その後、山中からの音沙汰はしばらくなかった。 伊東も田嶋には何一つ話をしてこない。田嶋は焦燥感に駆られながら、業務を行うしかなかった。夕方になると暇になってしまうため、調べたかった様々な情報をネットで収集している。例えば、世の中の企業におい…

帝國銀行、人事部50

翌日、田嶋は6時にオフィスに入った。いつも通り山中は6時20分頃来るはずだ。既にセブンーイレブンで必要な書類は印刷してきてある。田嶋の自宅にはプリンターがない。代わりにセブンーイレブンのアプリを使っている。このアプリはアプリ内に印刷したい書類…

帝國銀行、人事部49

翌日、田嶋は人事部に異動してきてから一番早く退行した。18時30分にオフィスを出たのは初めてだ。昨日の怪文書が気になり、どうしても仕事に身が入らなかったのだ。 田嶋は、浅草にある行きつけのバーに足を向けた。 神谷バーは、1880年に創業した日本で最…

帝國銀行、人事部48

「証拠はありませんが、中野坂上支店の岩井支店長と少々問題を抱えております」 「山中部長からも、簡単な経緯は聞きました。では、岩井さんがやったということですかね」 「私には分かりません。しかし、今回の岩井支店長への対応の端緒は山内さんからの連…

帝國銀行、人事部47

山中に相談して二日が過ぎたころ、人事部宛に差出人不明の書面が届いた。宛先は山中人事部長殿となっていた。 午後一番に田嶋は副部長の伊東から会議室に呼ばれた。入室するなり、伊東が話し始める。 「田嶋さん。困ったことになりましたよ。」 そう言って、…

帝國銀行、人事部46

「田嶋君。岩井支店長の件はどうなっているの」そう尋ねた山内の目は真剣だった。 「このままだと、中野坂上支店は崩壊しちゃうよ。スタッフさんたちは次々と辞めたいって言うし、真島さんは今日も病欠。もしかしたら、病院で鬱になったと診断書を書いてもら…

帝國銀行、人事部45

「部長。岩井支店長は暴走しかけています。これは私の行動が裏目に出たものです。私へのお叱りはあるかと思いますが、まずは中野坂上支店への対処です。私としては岩井支店長の異動を諮って頂きたいと考えています。もちろん、部長から一旦は注意をして頂く…

帝國銀行、人事部44

二週間後、田嶋は山内にスマホからメッセージを送った。 『岩井さんの様子はどう?』 1時間ほどして返信された山内のメッセージは長い文書が記載されていた。 『岩井支店長のパワハラは加速しています。恐らく人事部から注意を受けたから、周りの部下全てが…

帝國銀行、人事部43

「田嶋、ちょっと来てくれ」 人事部長の山中に田嶋が呼び出されたのは翌日の朝7時30分だった。働き方改革が進んだといっても銀行の中で人事部は聖域だ。他部署には業務時間中にしか会議をやらないように指導していても、人事部内のミーティングは業務時間外…

帝國銀行、人事部42

「はい。認識しています。岩井さんの言動は業務に関しての指導であり、パワハラで問題になるような行動には該当していません。ただ、指導時間が長過ぎるというのは気をつけて頂いた方が良いかもしれません」 「分かったわ。でも、これじゃあ、人事部から責め…

帝國銀行、人事部41

「アンケートでは、貴店でパワハラがあると回答した割合が95%です。そして自由記入欄には、次のような回答がなされていました」 ・当店にはパワハラがある。人事部は行員を守れ。 ・岩井支店長のパワハラを止めて欲しい。渉外課の若手女子が壊れてしまう。 …

帝國銀行、人事部40

田嶋は、中野坂上支店長の岩井が本店に来るタイミングを見計らいアポイントを取った。場所は人事部の会議室だ。岩井は中野坂上支店の人事異動の相談だと考えているだろう。 17時30分きっかりに岩井は人事部のフロアに来た。 岩井は、黒い上下のスリムなスー…

帝國銀行、人事部39

「でも、稲垣さんからだけの情報だったら、稲垣さんが嘘をついている可能性もあるんじゃない?」 「確かにそうね。でも恐らく間違いないよ。理由は簡単。あの二人が営業時間中に会社の車でホテルから出てくるところを目撃しているから。しかも二回」 「まじ…

帝國銀行、人事部38

「それって」 「そう。岩井支店長は旦那さんがいながら、独身の稲垣さんと不倫していたの。でも真島さんが支店に来てから稲垣さんと真島さんが急接近して付き合うことになったの。周りのメンバーは二人が付き合っていることを薄々感づいているけど、二人は知…