事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部128

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 田嶋は心の底から込み上げてきた違和感に支配されそうになった。

 『使えない人材は切れ』だと。

 帝國銀行グループには、グループ経営における普遍的な考え方として経営理念が存在する。企業活動を行う上での拠りどころと位置付けている、会社にとっての憲法のようなものだ。従業員のみならず投資家等の外部にも公表している非常に重要な考え方だった。この経営理念の一節には『勤勉で意欲的な社員が、思う存分にその能力を発揮できる職場を作る』というものがある。人を大事にするのが帝國銀行ではなかったのか。銀行は人が全てではないのか。

「帝國銀行は人材を大事にする銀行だと思っていました。『組織よりも、人の帝國』だったのではないでしょうか」気づけば田嶋は頭取の前で言葉を漏らしていた。

「君は誰だったかな」西山が初めて気づいたように疑問の声を上げた。但し、目は田嶋を見ていない。あくまで山中の方を向いている。

「田嶋と申します。今回問題を起こしました伊東の直属の部下です」山中は申し訳なさそうに頭を下げながら答えた。

「君が自称エリートの伊東君を追い込んだ田嶋君か。君は帝國銀行の風土になじめそうだね。使えない上司を追い落としたんだからな。出る杭になってこそ帝國銀行の行員だ」西山は少しだけ人間臭い笑顔を見せた。その後、急に目つきが厳しくなる。

「君が当行の将来の経営陣に名を連ねるかは分からない。しかし、少しだけ言っておこう。経営は単純だ。儲けを多くして、支出を少なくすることが全ての根本だ。現在、日本の銀行は儲けを多くすることに苦しんでいる。これには様々要因があるが、基本的には日本国全体の成長力が低下し、民間の資金需要が弱くなっていることがある。マイナス金利は結果に過ぎないとも言える。その上で、これからは日本は人口減少が続く。人口減少が反転するには移民を受け入れるしかない。子供がたくさん生まれるような社会を作ることは大事だが、どのような政策が打ち出されても、日本人だけならば、少なくとも20年ぐらいは人口減少は続く。資金需要は回復しないことが前提になる」