事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

2021-09-01から1ヶ月間の記事一覧

帝國銀行、人事部132(了)

12月31日の深夜、妻の裕子と田嶋は紅白を見終わり、年越しそばをすすっていた。もう少しで裕子がこの数年楽しみにしている『おもしろ荘』という番組が始まる。これを見なければ新年が始まらないのだという。 『おもしろ荘』は、人気お笑いコンビが司会を務め…

帝國銀行、人事部131

西山はとびきりの笑顔を見せた。 「行員の数は減っていくが、在籍している皆さんが職を失うことにはならないよ。日本の法律上、解雇には厳しい制限がある。解雇出来るのだったら考えたいことが山ほどあるがね。ただ、解雇されなくても給料面では厳しい状況に…

帝國銀行、人事部130

「といっても、田嶋君には私の考えていることを少しだけ伝えておこう。君は人事部の担当としてかなり多くの行員と接点を持つはずだから、私の考えを広めてくれるだろう」 「はっ」田嶋も山中と同じように頭を下げてしまった。権威に服従することを新入行員の…

帝國銀行、人事部129

西山は初めてしっかりと田嶋を見た。どこか教授のような雰囲気を漂わせている。自然と田嶋は緊張で小さくなった。これがメガバンクの頭取の迫力なのだろう。 「そして、情報技術の発達は銀行が構築してきたシステムを否定する方向に動き出している。いわゆる…

帝國銀行、人事部128

田嶋は心の底から込み上げてきた違和感に支配されそうになった。 『使えない人材は切れ』だと。 帝國銀行グループには、グループ経営における普遍的な考え方として経営理念が存在する。企業活動を行う上での拠りどころと位置付けている、会社にとっての憲法…

帝國銀行、人事部127

「統合時にシステムは旧帝國に一本化されたことが大きく影響していると人事部では分析しています。システムが旧帝國に片寄せされたことで、事務が分からない旧Yの上司が大量に存在します。この旧Yの役職者は、部下の業務がはかどらなくてもシステムや業務ル…

帝國銀行、人事部126

山中は一瞬面くらったようだった。わずか1秒ほどだったが沈黙が流れ、そこから山中が話し始めた。 「現場での融合はかなり進んできています。旧帝國銀行の実力主義は現在の帝國銀行にしっかりと引き継がれており、旧Yが上司、旧帝國が部下という部署、店舗も…

帝國銀行、人事部125

頭取の西山善史は帝國銀行における大物だ。 本店調査部、融資部での勤務が長く、いわゆる不良債権処理で頭角を現した珍しいタイプのバンカーだ。通常の頭取は大企業営業畑が就くものだが、西山は企画部時代にも銀行の不良債権問題を解決するための奇策を次々…

帝國銀行、人事部124

頭取の執務室へは、まず秘書室を通る。秘書にアポイントの時間を伝えると、秘書室の中にある簡素な座席を示され、そこで待機するのだ。ここでは15分前行動が原則で、遅れることは許されない。部長の山中と田嶋は、ここで一言も発さずに待機した。田嶋は頭取…

帝國銀行、人事部123

田嶋からすると内容の薄すぎる対外発表文だ。 しかし、お客様への被害がある事案ではないこと、自行内部の問題でしかないこと、他の行員に不安と疑念を抱かせないことを目的に、プレスリリースはあっさりとしたものになった。年末年始のあわただしさの中、こ…

帝國銀行、人事部122

帝國銀行は12月26日の暮れが差し迫ったタイミングでプレスリリースを発表した。 元行員による不祥事件について 帝國銀行 頭取 西山善史 この度、当行におきまして下記の不祥事件が発生いたしました。 社会的・公共的な役割を担い、高い信用と倫理観を求めら…

帝國銀行、人事部121

「二人きりで面談しているのは、どうしても私が知りたいことがあったから無理にお願いしたんです。教えて下さい。なぜ旧Yの皆を裏切ったんですか」 獣の唸り声のようなものが、伊東という人間の形をしたモノから発せられた。最初は少し高くかすれた泣き声の…

帝國銀行、人事部120

「お前、なにやってんだ」 「私も暇じゃないんですよ。でも、クビをかけて人事部長とコンプライアンス部長に直談判して、今回の一連の調査を認められました。伊東さんの横領事件裁判で、私の記録が証拠として認められるかは分かりません。そもそも、銀行とし…

帝國銀行、人事部119

「11月23日11時23分通話スタート。植北さん。仕事中に電話してきたら困りますよ。例の件、総務部内の協議は終わりました。だいぶ早いクリスマスプレゼントです。」 伊東の身体から立ち上る空気が変わったのが田嶋には分かった。 「11月26日16時13分通話スタ…

帝國銀行、人事部118

静かな会議室に伊東の笑い声が最初は小さく、徐々に大きく響いた。 「俺のスマホの画面が監視カメラに写っているだと。映像として撮られている可能性はあるだろう。それは否定しない。しかし、メールやLINEの文面が見えているとは思えない。証拠があるなら出…

帝國銀行、人事部117

「伊東さん。どうしても正直にはお話下さらないのですね」やっと言葉を紡いだ。自分ながら心が弱い人間だということが実感される。 「クソが。お前と話をする時間がもったいない。俺は何一つ責められる要素はない」伊東は興奮し、唇の左端からよだれが垂れて…

帝國銀行、人事部116

伊東の濃いグレーのジャケットの胸元が細かく震えている。興奮しているのだろう。そして、田嶋が手を置く机から急激な振動を感じた。一瞬、地震が起きたのかと思ったが、伊東の上半身が揺れているところを見ると、伊東は貧乏ゆすりをしているらしかった。貧…

帝國銀行、人事部115

田嶋の剣幕に驚きつつ、伊東が座る。伊東でもおとなしく人の言うことを聞くことがあるのだと、田嶋はふと思った。 「私が、何の証拠も無く伊東さんを告発すると思いますか。なぜ二人だけで話をしていると思いますか」 田嶋は涙らしきものが自分に込み上げて…

帝國銀行、人事部114

田嶋が黙っていると伊東の肩ががくがくと動き出した。最初は泣き声のようにも聞こえるほど小さかった笑い声が徐々に大きなものに変わっていく。それと共に伊東の身体が大きくなったように感じる。伊東が当初のショックから立ち直り、自信を取り戻しつつある…

帝國銀行、人事部113

伊東が少し力の戻った目で田嶋を見返してきた。 「君は勘違いをしているんじゃないか。私がスマートフォンでやり取りをしているのは、親の介護などで問題があるからだ。それは君にも言っていただろう。メールの内容なら君らに開示しても良いぞ。何ら問題ない…

帝國銀行、人事部112

伊東に対して田嶋が問い詰める。 「伊東さん。私はあなたが悪い人だとは思っていません。経営統合の実務担当としてご活躍されただけでなく、人事部でも当行全体のことを考え、様々な施策をされていたことを間近で見てきました。感情を表さない伊東さんには冷…

帝國銀行、人事部111

ここでとんかつが運ばれてきた。 とんかつの断面は黄色い衣となっている。きれいな色だ。衣をつけるとき溶き卵を二度付けしているから、このような色になるそうだ。このおかげで肉が柔らかくなり、ほんのりと卵の甘みも加わる。丸八とんかつ店の特別なとんか…

帝國銀行、人事部110

お店ではカウンターに3名で並んで座った。もう少しメンバーの数が多い時は、二階の座敷に行くが、今日はカウンターで十分だ。 田嶋が一番奥に座り、真ん中にムードメーカーの浅川、入口近くに梶が座った。瓶ビールを二本頼み、田嶋と梶がヒレカツ定食、浅川…

帝國銀行、人事部109

19時25分に田嶋は大井町駅に到着した。歩いてすぐなので間に合う時間だ。 少し前の方に見たことのある後ろ姿があり、浅川がいそいそと店に向かっていた。同じ電話に乗っていたようだ。少し早足で浅川を追いかけるが、浅川も急いで歩いている。結局、お店の前…

帝國銀行、人事部108

10月上旬、田嶋は久しぶりに山手線外の会を同期と開催することにしていた。 場所JR京浜東北線の大井町。遅れてくるメンバーもいたが、最初はとんかつを食べようと決めていた。 丸八とんかつ店本店は昭和30年に創業にしており、現在65年が経過している。 大井…

帝國銀行、人事部107

噂が広がった理由は、伊東が人事部の副部長として残留することが見えてきたからだ。執行役員を目指すのであれば、間違いなく人事部から出て、本部か大規模支店の長に就任するはずだ。ところが、伊東が異動しないようなのだ。伊東クラスの移動は、人事部長と…

帝國銀行、人事部106

旧Y店舗からの大量異動発令直後から、急激に人事部への問い合わせが、本人もしくはその上司から増えた。ほとんどは、慣れた事務職への再配置願い、退職の相談、パワハラの相談だ。人事部では田嶋も含めて手分けをして個々の相談に対応した。しかし、退職を希…