事実はケイザイ小説よりも奇なり

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帝國銀行、人事部131

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 西山はとびきりの笑顔を見せた。

「行員の数は減っていくが、在籍している皆さんが職を失うことにはならないよ。日本の法律上、解雇には厳しい制限がある。解雇出来るのだったら考えたいことが山ほどあるがね。ただ、解雇されなくても給料面では厳しい状況になる可能性はあるだろう。皆さんが新たな時代に合った銀行員としての能力を発揮出来なければ苦しい状況に追い込まれることはあると思う。それでもあえて言っておく。『人の帝國銀行』であることは今もこれからも変わらない。必要な人は変わるが、人が大事であることは銀行業にとって永遠のはずだ」

 西山の笑顔はある意味で美しかった。嘘偽りのない思いを口にしているからだろう。田嶋は、西山の腹の底が見えたような気がした。経営者は冷徹で残酷だ。

「人事部は、当行の収益向上に貢献するように、これからの時代に合った行員を作り上げるべく、教育に力を入れていかなければならないということですね。そうすれば少しでも行員がつらい目に合わずにすみますから」田嶋は精一杯の笑顔を作った。ここは演技が要求されるところだとサラリーマン経験が教えてくれている。

「田嶋君、分かっているじゃないか。山中君、なかなか良い部下を育てたね。最初に口を開いた時は、使えない子だと思ったがね」西山は上機嫌のようだ。

「山中人事部長。伊東元副部長の対処はご苦労だった。これからは、変化に対応できるスリムな組織、自律的な組織、システムを理解できる組織を構築すべく人事部として対応していくように。以上だ」言葉を切った途端、西山はソファから立ち上がり、古くいかめしい自身の机に戻っていった。もう山中や田嶋が存在することすら忘れたようだった。

 山中と田嶋はすばやく、静かに頭取室から退出した。

 

 役員フロアから下りるエレベーターの中で、山中がぼそりと言った。

「なあ、田嶋。おまえ、いつの間にか成長してたんだな。頭取に気に入られたぞ」

 思いもかけない山中の言葉だったので、田嶋は一瞬固まった。だが閉じたエレベーターの扉を見ながら、口は自然と開いた。

「銀行は人が全てです。私も成長する一人の人ですよ。人財として扱ってください」

 田嶋は山中の顔を見なかったが、山中がすこしニヤリとしたのが分かった。