事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

【会社人生】(ヂメンシノ事件19)

f:id:naoto0211:20190505142249j:plain

 伏線はあったのだ。

 しゃべらない所有者。内容証明郵便。不法侵入での任意同行。財務担当の持ち物が少しみすぼらしかったこと。しかし、パスポートで本人確認を行い、所有権移転の仮登記もきちんとなされた。そして、物件には鍵を開けて内覧もできた。これで疑えというのか。

 井澤は、自身の代表的な仕事になるであろう海猫館の再開発で目が曇っていたのかもしれない。また、ダメ押しだったのは収益物件の購入まで契約したことだ。今後はさらにもう一棟は買ってもらえるだろうという感触だった。

 成功していれば、井澤の成績は役職が同じ部長陣の中では、群を抜いていたはずなのだ。近い年次には都市再開発事業としてオフィスやホテル開発を行う佐藤がいた。平凡な名字とは異なり、奥平会長案件となるような大型案件を決めてきた男だ。背は小さく、体型もだらしない。腹がかなり出ている。髪の毛もずいぶん薄くなっている。しかし、目力は尋常ではない。そして、開発力がすさまじい。銀行とのコネクションもあり、物件情報の収集力、資金調達手法についての知識等で抜きん出ていた。

 このままだと、佐藤に負けてしまう。

 そんな焦りが自分にあったのだろう。

 悔しくてならない。誰にも言えない苦しさだ。妻にだって言えない。不安がらせるだけだ。昨日の夜は一睡も出来なかった。井澤は妻とは一緒の部屋で寝てはいない。仕事柄接待が多く、帰宅時間が遅かった。真夜中に起こしてしまうことも多々あった。子供が生まれてから、妻は子供と寝るようになったのだ。最近は子供が大きくなると共に夫婦の会話も減り、夫婦はやはり一緒に寝た方が少しは会話もするようになるのではないかと思っていた。しかし、今回は同室で就寝していなかったことを感謝した。昨日の夜はベッドの中で悔しくて涙を流した。もう少しで成果が手に入るはずだったのだ。執行役員になることも夢では無かった。

 しかし、詐欺事件は、現実に起こったことだ。

 もう満水ハウスで自分の出世は望めないだろう。責任は取らされる。

 真中には迷惑をかけてしまった。

 今後は、社内で調査が始まる。自分も徹底的に調べられるだろう。もちろん、自身が詐欺集団の仲間であるという疑いさえ持たれないとも限らない。

 仲間にかけた迷惑のためにも何とか幕引きを行わなければならない。犯人達の逮捕にも協力しなければならない。

 それが終わったら……。この会社での自分の会社人生も終わるのだろう。

(続く)

<今すぐに全文を読みたい方はこちら>


ヂメンシノ事件