事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

【10月19日取締役会③】(ヂメンシノ事件30)

f:id:naoto0211:20190505142249j:plain

 責任は全て平野だけにあるような話し方だった。他の取締役達は口を閉ざしている。痛いほどの沈黙が訪れる。

 平野は死刑宣告をされたに等しい。もう平野には会社に居場所はないのだ。中興の祖と言われる奥平の権力は凄まじい。オーナー社長のように全権力を握っていると言っても過言ではないのだ。

 来年4月の株主総会をもって退任となれば、在任期間はあと半年ほどだ。奥平がそれを許すかも分からない。即刻、取締役を退任するように迫ってくる可能性もある。奥平はせっかちだ。関西で言うところの『いらち』だ。

 『ふざけるな。』

 何かが平野の頭の中で破裂した。

 感情が爆発したものの、頭はクリアに、冷静になる。未だかつて経験したことのない感覚だ。

 諦め、諦観、諦念、お手上げ、観念、覚悟、絶望、降参、ギブアップ・・・・・・。同じような用語が次々と頭に浮かんだ。

 「会長が退任せよとおっしゃるならば、少々検討させて頂きます。ただ、この場では決断ができません。」

 奥平が、優し気な笑みを浮かべた。いや、笑いの顔を作っただけか。相変わらず目が笑っていない。口角を上げただけだ。

「そうやな、平野社長。ゆっくり考えたら宜しい。また話そうや。」

 取締役会終了後、平野は社長室でしばらく身動きをしなかった。

 社長室に飾ってある著名な書家が書いてくれた掛け軸、様々な表彰状、トロフィー、それらが全て平野の認知領域の外に飛び去る。

 平野の周りにあるのは、敗北感と悔しさと、殺してやりたいほどの怒り。

 奥平を怒りに任せて殴り殺しても、平野の家族に迷惑がかかる。殺人者の妻、子供となってしまうのであればこの日本で生きていくのはつらいだろう。

 どうする。

 お前は満水ハウスで社長にまでなった男だ。

 何ができる。

 負けしかないのか。

 分かっている。奥平の権力は絶対だ。それでも何かできないのか。

 許してもらえないか。土下座して相談役か顧問で会社に残してもらおうか。

 そんな屈辱的な人生はあるのか。もう自分も通常であれば定年退職をしている年齢だ。そこまで会社にしがみつくのか。

 社長になったんだから十分じゃないか。もう楽になって妻と旅行三昧しようか。それぐらいの蓄えはあるだろう。

 いや。最後の最後まであがき続けろ。それが奥平の影だった自分がせめてできる抵抗なのだ。精一杯。

 まずは・・・・・・

(続く)

<今すぐに全文を読みたい方はこちら>


ヂメンシノ事件