事実はケイザイ小説よりも奇なり

経済を、ビジネスを、小説を通じて学んでみる

【10月某日①】(ヂメンシノ事件31)

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 この日、平野は大事なプライベートのアポイントを入れていた。

 元々予定されていたお客様との懇親会が先方都合でキャンセルとなり連絡を入れたところ、相手も丁度空いていた。

 場所は、神戸の老舗料亭だ。

 この場所であれば、まず満水ハウスの関係者には会わない。

 少し早めに着いたが、個室に通されると既に相手は来ていた。

 待ち合わせの相手は副社長の草薙だった。

 満水ハウスでは、財務畑を歩んできた重鎮だ。営業を重視する満水ハウスでは異色と言っても良い。いわゆる間接部門のドンだ。また、関西の財界でも知られた存在であり、金融業界でも関西を代表する大物のCFO(最高財務責任者)だった。

 会長の奥平が描く事業戦略を資金面で支え続けてきた影の実力者であり、現在の平野が最も会わなければならない人物でもある。

 平野が個室に入ると草薙は立ち上がり、頭を下げてきた。

 草薙は平野の一歳年上だ。そして、入社年次でいけば二年先輩にあたる。

 「お待たせして申し訳ありません。」

 平野の第一声は謝罪から始まった。

 「いや、いや。今、来たところですよ。」

 草薙は常に腰が低い。話し方もソフトだ。部下にも親しみやすい性格だろう。これが草薙が今のポジションを社内で作り上げてきた処世術なのだろう。

 「最初はビールにしましょうか。」

 この発言で場の主導権が草薙に取られたようだった。どちらが呼び出した分からない。

 「ええ。そうしましょう。」