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【10月某日自宅②】(ヂメンシノ事件35)

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 考えている間に自宅に到着した。

 平野はインターフォンを鳴らすことはない。自宅に妻がいても自ら鍵を開ける。

 これは自分の性格なのだろう。平野は、自分が何かをやっている時に人から邪魔されるのが嫌いだ。勝手だとは思うが、宅配便が休日に家に来るのも面倒臭い。何より思考を中断されるのが嫌なのだ。自分が嫌だから、妻に対して邪魔をしたくない。だから、インターフォンを鳴らさない。

「ただいま。」

 ドアを開けると整頓された玄関が現れる。

 靴は一足も見当たらない。

 妻は綺麗好きだ。靴は全て下駄箱に閉まってある。靴が玄関に出ていることはほとんどない。子供が小さい頃は諦めていた時期もあったが、今は妻の思うがままだ。
下駄箱の上に、試験管のようなものが5本、等間隔で並んでいる。

 よく見ると中にドライフラワーが入っているようだ。

 平野は花は詳しくない。いや、仕事以外のことはほとんど詳しくない。妻に頼りきりだ。5本のドライフラワーは、それぞれ種類が異なっていた。今度、妻に花の種類を聞こうと思う。会話の良いきっかけとなるだろう。しかし、今日、伝えることはそんなことではない。

 「おかえりなさい。」

 リビングから、大きくもなく、小さくもない妻の声が聞こえた。

 最近は、何も用事が無い時は韓流ドラマを見ていることが多いようだ。

 リビングの扉を開けるとソファーから妻が立ち上がるところだった。

 「本当に今日は早かったのね。めずらしい。こんなに早いのは、いつ以来かしらね。食事の用意はできているわよ。」

 柔らかな言葉だった。妻にはいつも精神的にも助けられている。

 「ありがとう。ちょっと着替えてくる。」

 いつものようにぶっきらぼうに言って、自室に向かう。そう。自分がぶっきらぼうであることは分かっているのだ。口数が少なくて、妻や子供たちにとっては面白くない人間であることも。

 しかし、性分は変えられない。父からは「男は口数少なく。女のように何でもかんでもしゃべるな。」と何度も叱られた。東北人は口数が少ない。その中でも、沈黙を美徳とする父は、更に特徴的だったのかもしれない。

(続く)

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ヂメンシノ事件