事実はケイザイ小説よりも奇なり

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【10月某日自宅③】(ヂメンシノ事件36)

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 部屋着に着替えてダイニングに向かうと、良い匂いがしてくるのが分かる。ドアを開けるとダイニングテーブルの上に様々な皿が並んでいた。

 「いや、これはごちそうだね。接待かと思ったよ。」

 「そうでしょう。力作よ。知り合いから頂いたお惣菜もあるけどね。そのお漬物は、山根さんから頂戴した川勝のだから、美味しいと思うわよ。」

 「あの山根さん?」

 「そう。PTAで一緒だった山根さんのところの一平ちゃんが、今度結婚することになったらしいわよ。この間、山根さんがうちにお茶をしに来てくれたのよ。その時に持ってきてくれたの。」

 「一平君か。今は何歳なんだろう。」

 「それがもう37歳ですって。今までは仕事が忙しすぎて、女性に目も向かなかったんじゃない?ほら、工場勤務が長かったから。」

 「そうだ。たしか、仙台から姫路の事業所に移ったんだったな。」

 「そうそう。 あなたが仙台に行った時に、夕食をごちそうしたこともあったわよね。」

 「あれはもう9年ぐらい前だな。牛タンの美味しいお店に連れて行ったら、仙台の牛タンは全て地元産じゃないって知っているか、と真顔で言われたよ。」

 「ちょっと、変わった子だったわよね。」

 「ああ。いわゆる日本の理系だ。でも、論理的で、分からないことは分からないとはっきりと言える素晴らしい子だったよ。見習わないといけないと思わされたよ。あの子が37歳か。」

 「あなたが一平ちゃんにごちそうしたのは、社長になった直後だったのね。早いわね。」

 「ああ、早いな。」

 そう言いながら平野は少しずつ食事を口に運んだ。

 「お食事があまり進んでいないようだけど、何か言いたいことがあるんじゃない。」

 さすがは長年連れ添った妻だ。平野は妻のことをいまだに良く分からない。女性は永遠に謎だ。しかし、妻の方は平野のことが分かるらしい。ごはんと一緒に口に入れていた川勝の漬物を飲み込んでいる間に覚悟を決めた。 

(続く)

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ヂメンシノ事件