事実はケイザイ小説よりも奇なり

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【暗転②】(ヂメンシノ事件21)

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 平野は奥平の携帯電話に直接電話していた。5回、6回、7回。呼び出し音は鳴っているが繋がらない。

 海猫館の詐欺について奥平にメールを送ることも一瞬考えた。いや、やめておこうとすぐに自らの考えを否定する。このような大きな問題では、メールではなく直接に報告した方が良い。

 平野は奥平の性格を熟知している。サラリーマンとしての感覚がメールという選択肢を拒否していた。

 すぐに携帯電話の電話番号簿から奥平の秘書である松本との名前を探し出す。今日は、松本が同行しているはずだ。松本はすぐに電話に出た。

 「はい。松本でございます。平野社長、如何なさいましたでしょうか。」

 「お疲れさま。会長に至急でご報告したいことがあるんだが、最短でお話が出来る時間は何時だ。」

 「次は14時過ぎです。今、お客様と面談なさっていますので、あと15分はかかると思います。」

 「分かった。君は会長のお車の中で待機しているんだな。会長がお車にお戻りになったら、私にメールを送ってくれないか。」

 「承知致しました。何か会長にご伝言はございますか。」

 「大丈夫だ。自分で報告する。よろしく。」

 奥平は、部下への当たりは厳しかったが仕事は常に結果を出してきた。力を入れている海外事業では、外国のパートナー企業のトップとの強固なリレーションも持つ。だから、派手でも性格に少々問題があろうとも、誰もが反逆しなかった。

 得な人なのだ。華がある。オーラがある。自然と周りに人が集まる。

 平野とは大違いだ。

 スマートフォンが震えた。松本からのメールだ。『会長の面談が終わられました。車にお戻りになります。』簡潔なメールだった。平野はすぐにスマートフォンで奥平の電話番号をリダイヤルした。

 「何や?」奥平が電話に出るときは常にこのように言う。怖がっていては満足に会話も出来なくなる。平野は頭をもう一度整理した。

 「会長、お電話にて失礼いたします。端的に申し上げますと、五反田にある海猫館の買収を進めておりましたが、詐欺にあっていたことが判明しました。」

 「何やと?損失はなんぼや?」

 「55億円です。」

 「ごついな。確定なんやな?」

 「はい。詐欺にあったことは間違いありません。」

 「分かった。きちんと調査して報告してくれ。毎日、進捗があれば報告するんやで。」

 「承知致しました。」

 「ちなみに、ワシは決裁していない気がするんやけど、この案件の決裁者は自分か?」

 「仰る通りです。私が最終決裁者です。」

 「さよか。まずは報告しっかりせいや。」

 「はっ。承り・・・・」

 既に奥平との通話は切れていた。奥平は最後まで話を聞くことが無い。すぐに電話を切ってしまう性格だった。

 その日の夜、ベッド脇のランプのみをつけた暗い部屋で、平野は壁を見ながら思いにふけった。スマホのメールに次々と詐欺事件の報告が入ってきていた。しかし、読んでも頭に入らない。夜はただ更けていく。

(続く)

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ヂメンシノ事件