ビールはサントリーと決めている。関西はサントリーだ。ずっと赤字を続けながらビール事業を育てたサントリー創業者のエピソードは関西の財界における伝説の一つだ。
女将が瓶ビールを運んできた。慣れた手つきで平野、そして草薙に注いでくれた。
「改めまして乾杯。」
グラスのビールを飲み干して、やっと平野のペースが戻ってきそうだった。
草薙のグラスにビールを注ぐ。サラリーマンのお約束のような動きをした後に、早速切り出した。
「草薙さん。折り入ってご相談があります。」
「今日は単刀直入ですね。」
「はい。ご承知の通り私は社内で追い込まれています。」
「そうですね。この前の取締役会はひどいもんでした。箝口令を引こうとしたのですが、社内では噂が広がってしまっています。」
「私がクビになると言われているんでしょうね。」
「隠してもしようがないですね。その通りです。」
「そこまでストレートに言ってくださると気持ち良いですよ。」
ビールを一口飲む。プレミアム・モルツのやわらかい泡が喉をすべりおりていく。ここからが本番だ。
「草薙さん。助けてください。私はこの会社でまだやるべきことが残っているんです。」
一瞬の沈黙が訪れた。
「助けろとはどのようなことですか。奥平会長に私が話しても、効果は無いと思いますよ。」
「そんなことをお願いするためにお誘いした訳ではありません。来るべき日に向けて取締役会での票集めをお願いしたいんです。」
草薙が下を向いた。ビールのグラスを眺めたまま動かない。再びの沈黙が訪れた。
「草薙さん。今の満水ハウスに問題を感じていませんか。財務部門を仕切るあなたなら分かっているはずです。」
(続く)
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